オランダ大使入国禁止に。トルコが報復措置2

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キリスト教社会での一種の抑圧から人間は解放されていくという歴史的なそういう文脈がある、あちらには。
その中で自由とか人権が獲得されていく。
それこそルネッサンスの時期を見ればそれは明らかなんだけど、そういう中での自由なんですよ彼らは。
だからヨーロッパ的ある種の契約の中にある自由という事なので、そこへ全く異文化の異文化圏から「自分の国は完全に圧政の下に在るんだけど、ヨーロッパに行けば色んな自由もあるし人権も保障される」という事でポーンと来る。
で例えばエルドアンを支持するという集会もそれこそ数十人くらいの話だったら恐らく見過ごされてきてたと思う。
ところがこれがとんでもない人数が集まるという事が事前に分かったんだと思う。
ヨーロッパの一部の都市ではイスラムの何かの碑を表でみんなで礼拝するという事をやってて本当にどこの街か分からないぐらい。
それも街中を埋め尽くすぐらいの。
というか広場。
ヨーロッパには教会があって広場が街の中心にある。
そこがイスラムの人たちで埋め尽くされる。
そういう光景が現実になってきてる中でのこういう政治集会。
トルコ本国での政治的な動きに呼応した集会が開かれるという事で、完全なミニトルコが出現するんじゃないかというある種の恐怖もあるでしょうし、ヨーロッパの人たちの自由というのはそういう文脈の中から出てきた自由だという事を逆に言うと踏まえない人達が来て自由をそこで謳歌する、という事に対しての違和感があるんでしょう。

更に言うとヨーロッパの思想を基にした今は世界システムでしょ?
そして国家が190か国くらいありますよと言うけど基本的にはヨーロッパの近代に成立した国家というものを世界中に逆に適用して、みんながそういう意味でのいわゆる近代国家、或いはネイションステイツ(単一民族国家)というものである。
そうするとまず国民国家というものを本当に地域で維持できるだけの国民国家システムに馴染ませることができるか?という事なんです。
日本の我々は幸いアジア圏の人間なんだけど、ヨーロッパの近代に物凄く親和性が高い、或いはヨーロッパ以上の統治システム。
天皇という権威があってその下で権力者が権力を抑制し合うシステムだった。
つまりどんな権力者でも自分たちよりも一番偉い人間が「いつも国民の平和と安寧を祈っております」と言って百数十代続いてる国でしょ?
そうすると権力を抑制していくというシステム、或いはDNAが我々にはものすごく強い。
だからヨーロッパシステムが入ってきたときにも非常に社会が安定的にこれを受け入れられた、明治以降。
でも世界のほとんどの地域では宗教とパワーがむき出しのまま何千年来てて、そうするとそういう人たちが本当に近代国家を回せない状況が今世界中で起きてる。
経済的にも社会治安的にも宗教と、例えばイスラム教と近代国家が本当に合うんですか?という問題がある。
こういうものからはみ出た人たちが自由社会、近代国家であるヨーロッパやアメリカ、そしてそれを許してしまったら日本にもいずれ入ってくる。
そうすると国家自体を維持できなくなりますよ。
僕たちが思い描いていたネイションステイツは維持できなくなるでしょう。

トルコのエルドアン政権が確かに強権化に向かってる事は事実ですけど、あれだけ大きなテロや隣国の情勢が不安定になってる中では強権化するのはある意味必然です。
それを国民は割と理解してて元々エルドアンをあまり支持していなかったという人までもがエルドアン政権に対して一定の理解を持ってる。
でイスタンブールの様な凄く大きな、そして歴史的な国際都市がある。
テロの影響でヨーロッパからのバカンス客は少ないんだけど、近隣諸国、或いはちょっと豊かになりかけてるアフリカ諸国の人達なんかが皆来てイスタンブールの街で遊んだり買い物したりしてる。
見てると人の顔ぶれは多少変わってるかもしれないけど、「この街はきっと千年前からこうだったんだろうな」という光景なんです。
だからそれこそ近代国家だなんだ言い始める前からそういう社会でありある種の自由があるんですよ。
だからイスラムの国というとみんな真っ黒なものを着てるのかなと思いきや、本当に真っ黒なもので全部顔を隠しながらレストランで食事してる女性も居ますよ?
だけど傍らには本当にヨーロッパのバカンス地みたいな、裸同然みたいな格好してる女子も居る。
そういう風に混在してて大変自由闊達な所を感じさせる街。
一応それで近代国家でもある、トルコは。
でも我々が考える近代国家とは少し違う。
だから世界がそういう意味でも大きく変わりつつある。
単に国境線が少しずつ変わっていくという話でもない。

そのダイナミズムの中で世界中の知識人がリードしてきた「地球に国境は無い」的な思想を見直すことが今一番重要だと思う。
見直してそれぞれの場所がどう成熟していくか?
地域ごとに成熟を考えていくという流れを作らないといけないでしょうし日本は特にその先駆けとなって防衛線を先に敷いて行かないといずれ怒涛の様な移民社会にチェンジしていくことになる。
少子化の問題ととにかく組み合わされてなし崩しにされるのを一番用心しないといけない。

今地球上がこういう風に変わってきてる中ではある種のヒューマニズムを担保するためにナショナリズムが必要です。
その意味を分からない人たちが移民の議論を安易にすることがむしろ大変危険なんですよ。
国家を守って行こうという意識を強くすることは別に不自由にするわけでも排他的になるわけでもないんです。
自分たちのルールの中できちんと異文化を取り入れたり尊重したりすることは十分できるし、それこそドイツのガストアルバイトじゃないけど今だって日本に来て駐在員として働いてる人はいくらだって居る。
或いは留学生だって居る。
それは別にそのように受け入れればいい事ですから。
関連書籍 トルコ現代史 - オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで (中公新書 2415)
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