フェイクニュースと民主主義

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民主主義国家を維持するためには、やっぱり報道の自由や表現の自由がきちんとあり、僕たちはそれなりに正しい情報を得る中で国民一人一人が政治的意思決定に参加する事ができるという状態じゃなきゃいけない。
ですからニュースの正しさというのは、ある意味民主主義の生命線です。
メディアに関係してる人たちはやたらと報道の自由ということは言うんだけど、じゃあ報道の正確さはどうなんだ?
これが今アメリカはもちろん日本でも問われていて、例えばつい最近大統領の就任式がありました。
それに対してCNNが「トランプ大統領の就任式はオバマ大統領の時と比べて人が全然きてなかった」という映像を流したんですがどうもそれがフェイクなんじゃないか?
どうやら始まる前の映像を流した。
そりゃあまだ人集まってないでしょ。
CNNのやり方は全然適切じゃない。

フェイクがどういう風に作られるか?
全くの偽情報というだけじゃなく、今回のCNNのように違う切り取り方をしてしまう。
或いは全体像を見せないままある一部だけを強調してしまう事によって全体が見えなくなってしまう。
広い意味でのフェイクという風になってしまう。
一般の方々にしてみればメディアをある程度信頼して自分たちにそれなりに情報を伝えてくれてるんだと思ってたのがそうじゃなかったんじゃないか?
大変なメディアに対する不信と怒りが今回、特にメディアを敵に回して大立ち回りを演じたトランプさんを勝たせてしまったという一つの大きな要因でもある。
これは日本においても反省すべきところは沢山あります。
例えばどこを強調するのかという事だけで言うと未だにこういう事を言う人が居る。
「トランプさんは選挙中罵る事ばかりしてた。それを好んだ多くの不満を持ってた人達がトランプに入れたんだ」と言ってるんだけど、そうでもないです。
意外と政策はそれなりに訴えてました。
それが実現可能性が高いかはともかくとして。
28の公約があって、簡単に言ってしまうと国内に製造業を回帰させようという事が一番の目玉でそれは今までに全く例の無かったことでも無くてレーガン政権だって最初そういう事を言ってた。
だから同じことを今流にやるよ、或いはトランプ流にやるよという事を実は随分言ってて、それに対してヒラリーさんは対抗軸を打ち出せなかった。
だから政策の迫力で負けたんです、本当の事を言えば。

日本人の知識人の中にも酷い事を言う人が居ます。
「アメリカ人の中で筋肉しかとりえの無い人たちがトランプを支持した」ってそんな事は無いです。
結構富裕な人も支持をしてたし、工場やなんかで働いてる人たちをこういう風に見下して論評するのはいけませんよ。
日本側にもこういう間違った論調が平気で跋扈してる。
でもこういうのは問題発言と言われない。

トランプさんは彼なりに政策を訴えてるのにその部分はアメリカは全然伝えないで暴言の部分だけを切り取る。
それをまた日本のメディアが追随する。
特派員だって向こうに居るんだからトランプさんを追いかければいいじゃないですか。
なのにそういう協調されたアメリカのメインストリームメディアが伝えてるところばっかりをまたご丁寧に切り取ってきて伝える。
だから日本の知識人達は「トランプは暴言ばっかりで、大統領選の時にもうちょっとこういう話もしてほしかった」っていやいや、してたでしょ。
だって公約集だって出てるんだから。
それに対してヒラリー側は「こんなものは実現可能性が低い」と言うだけで「じゃあ私はこういう事をやります」という事は全然言ってない。
だからどうも重ね合わせてみると今の日本の政局と似てるんですよ。
例えば何故安倍政権が強くなってるか?
それは本来野党である民進党が組合を母体にしてるにも拘らず全く労働者の味方じゃない。
むしろ安倍政権の方が財界に「賃金を上げろ」とある種の圧力を掛けたり色々してる。
或いは「女性をもっと登用してください」とか。
これらはどちらかと言うとリベラルがやる政策でしょ?
これを全部、なんだかんだ言いながら実現しようとしてるというところでもう民進党の役割なんて無くなっちゃった。
これと同じことがアメリカで起きてる。
だけどその事を言いたくないがために、トランプさんはとにかく人の注意を喚起するために色んな暴言を言ってたんだけどこの事ばかりを取り上げる。
つまり全体像を見せないという事に関してはこれもフェイクなんです。
こういう事が日米で期せずして同じような時期に浮かび上がってきた。

物の見方に関して、もっと多様な見方を日本のメディア界が獲得していくというのかな、その必要がある。
それとやっぱり視聴者や読者に対してより良く全体像を見せることが大事。
これは東京都の市場問題でも言えると思う。
今はあまりにもディテールの問題、しかも片方の政治家の政争にまるで加担するかのような形でガンガンガンガン拡大させるという事は、全体像を見せなくするための一つの典型的な手法なんです。
特に日本の場合気を付けた方がいいのはメディアが洪水のように一斉に何か一つの事について責め始めた時、絶対に裏があると思った方がいい。

僕たちは民主主義はとりあえずいいものだと思ってるけど自分たちの自立性だとか見抜く目が物凄く問われるんです。
その意味において特にメディアに対して厳しい目を向けていく。
それは自分の好むことを伝えてくれるかどうかだけじゃないんです。
そうじゃなくてやっぱりきちんと物事の全体像を見せてくれるのか?
違う視点を提供してくれるのかどうか。
こういう風な点で見ていく必要があるなと思います。
関連書籍 民主主義という不思議な仕組み (ちくまプリマー新書)
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