虎ノ門ニュース、毎日新聞社に正式に怒られる

虎ノ門ニュース、毎日新聞社に正式に怒られる
抗議文には「公表しないで下さい」と書いてあった。
なんですかそれ?
もう少し詳しく書くと「許可なしに公表しない事を望みます」というのが末尾に書いてあった。
要は「お前が大嫌いだ。だけど誰にも言わないでね」ってそんな事文書で送るか?
ラブレターで「きみの事が好きだけど誰にも言わないでね」だったら分かります。
「お前の事きらいなんだけど誰にも言わないでね」っておかしくないですか?

批判としてもそんな大した事言ってないよ。
それに対してこんなに逆上してわざわざ手紙を送ってきて「批判はやめてね?だけど公表しないで」。
公表しないでというのは要は批判をやめてほしいけど虎ノ門ニュースの宣伝に使われたくないという事なんです。
これを公表してしまうと毎日新聞が虎ノ門ニュースを認知したという事になっちゃう。

認知してしまってるんですよ。
要は虎ノ門ニュースを毎日新聞は気にしてるんです。
見てるんだもん。

テレビ局と新聞は違います。
新聞は何を書いてもいい。
何を書いてもいい代わり、どんなに批判されても構わない。
勝手に何を書いてもいい。
これが言論の自由。
そしてそれを読んだ人はどんな批判をしてもいいというのが言論の自由。
テレビはちょっと違ってて、放送法があるので公平にやらなきゃいけない。

それで批判されてそんなに逆上してどうするの?
だから虎の門ニュースの番組に行って議論すればいいのに。
番組側は喜んで席を用意すると言ってますよ?
でも来ませんよね?
絶対来ない。
何故かというと議論できないんですよ。
そもそも日本のマスコミというのは議論する体制になってない。
自分たちで決めちゃって、そして国民に教え込んで、世論を形成して誘導するというのを自分の仕事だと思ってるから。
国民と会話をしながら新しい道を探っていくという事が無い。
だから議論が出来ない。

人間がどうやって学習するかというと比較して学習するんですよ。
自分が思い込んでいる事を言うだけでは進歩が何一つ無いんですよ。
だから僕はディベートが大事だと思う。
ディベートでは場合によって自分が信じてもいない事を肯定、否定の二つに分かれて議論することになる。
そうすることによってあらゆる事に両面性があるという事をまず知って、自分が今まで思いも付かなかったことに気づく。
そうすると自分の考え方がより正しい方向に動く。
もう少しそのレベルでディベートをして、そしてマスコミの中でも議論し合えばいいのに、議論なんか無いんですよ。
自分が思ってる事を「これが真実だ、信じろ」。
場合によってはそれが大ウソだったという事になる。

例えば米軍基地の問題にしてもそうだし、日本の近現代史に係わる話でもそうだけど突っ込みどころが満載。
だから我々もこういう場を通じて「これは違う」という事を訂正しなきゃいけない状況。

新聞社が明らかにある特定のイデオロギーに傾いてるんじゃないか?と思われる事自体には覚悟を決めてるんですよね?
だったらそう思っていない人たちから批判を浴びて何が悪い訳?
何が悪いんですか?
当たり前ですよね。

全国民に「我々と同じ思想を持ちなさい」というのは全体主義的ですよね。
通知書に「法的措置も検討している」とありますが、法的措置をとるんですか?
法的措置を取ってどうするの?
虎ノ門ニュースの言論の自由はどこに行ったの?
言っておくけどネットニュースは放送法関係無いからね?
対象外です。
新聞と同じなんですよ。
ですからネットニュースで毎日新聞の批判を言ってもいいんです。
毎日新聞は「言ってはいけない」という判決でも求めるの?

毎日新聞は毎日新聞でいいんだよ。
一つのイデオロギーを持って結構です。
考え方がそれぞれあってそれに基づいて情報を提供してる。
だけどそれについて我々がコメントしてもいい。
それが言論の自由。

百田さんや石平さんが何を言ったか見たけど大した事無いですから。
そんな事で腹を立てて抗議文送ってくるって大きなお世話だよ。
それだったらあんたたちだってやめなさいよ、そんな事言うの。

そんなに素晴らしい考え方を持ってるんだったら百田さんという手ごわい相手と議論して頂きたい。
見たいです。
まあ負けるに決まってるけどね。
だから来ないよ。
法廷に持ち込んでも恐らく却下じゃなくて棄却でしょう。
門前払いでしょう。
僕が裁判官だったらこんなくだらない事に時間使いたくないもん。
関連書籍 メディア・リテラシー―マスメディアを読み解く
関連記事

コメント

非公開コメント