いわゆるクォーター制

いわゆるクォーター制
党首討論において蓮舫議員が終了間際に言い捨てた「政治分野における女性の参加を促す法案」について、どうやら基本理念であるらしい男女の候補者の数を均等にするという主張をしてます。
これって本当に女性の社会進出に意味のある事なのか?
大事なのは雇用環境であって、ただ「半分」と主張するだけでは見送られて当然じゃないですか。
それとも提案者たちは問題点をちゃんと考えずにただ半分なら平等だとでも思ってるの?
個人的には家庭に入りたい人、働きたい人の男女別比率等を考慮せずただ半分というのはこれこそ逆男女差別としか思えない。

いわゆるクォーター制というもので女性を何人入れるのか?
特に日本の女性の社会進出が遅れているという中の指標の一つに国会議員の数がある。
よその国で言うと下院です。
日本の衆議院の中の女性の割合というのは10%に満たない。
これは確かに諸外国と比べても非常に少ない。
女性の社会進出が非常に進んでいるよという国際ランキングの上位の国というのはかなりの比率でクォーター制を採用してる。
韓国もクォーター制を採用して女性の政治家を増やしている。
僕はこれには反対なんだけど自民党の女性議員、例えば片山さつきさんだとか小池百合子さんなんかが随分この事を過去に主張していた。
意外ですよね。
この人たちは女性たちを押しのけて伸し上がってきた人たちなんだから反対するのかなと思ってたけどそうじゃないんですよね。
雇用環境について国会は雇用ではないけど、つまり「我こそは天下国家の事を何とかしよう」という志のある人が出てくるところですから就職先ではない。

例えば企業で働いてます。
2、30年前は育児休暇も殆ど無かった。
そういう状況だったので、今でもМ字カーブなんて言われるんだけど女性が入社するでしょ?
で徐々に増えていきます。
でもある時にドンと減るんだけどそれは大体30歳前後に結婚して最初の子供を持つ頃にみんな辞めていくんです。
それは致し方ないというのが今までだったし、あえて家庭に入ることをこの機に選びたいという意志を別に曲げさせてまで「あなたここで働きなさい」という事も言えないわけだけど、ただ確かに今のようにもう少し育児休暇が取りやすくなっていたり、或いは安倍政権が言っているように三年間何らかの形で育児休暇を時短勤務も含めて取れるようになってくると確かに社会に残ろうという女性も増えてくるのかもしれない。

で今の状況はどうなのかというと、凄く掴み辛い世の中になったと思う。
というのは30年前は女性が社会に出て働くことがカッコいいんだという事をずいぶんプロパガンダされた世代。
ちょっと洗脳が入ってる。
だからこの世代は「結婚しても私たちは頑張って働こう」みたいな。
或いは子供を持たないで結婚後も働こうというのも結構多かった。
だけど子供を持つという事になってくると絶対的な時間というものが必要になってくる。
それをどういう風に確保するのかという事に悩んでみんな辞めていく。
ここがもうちょっと、もう少し制度の見直し、或いは運用がうまくいくという事で余裕が出てくるのであれば「もうちょっと働こうかな」となっていたかもしれない。
或いは「やっぱり自分は社会と、仕事という事を通じて係わっていたいな」という風に思っている人は居るのかもしれない。
でも一方では今の若い女性、例えば30代くらいの女性に聞くと「家庭に入ることは非常に良い」という評価をしてる人が多い。
これは社会に出る能力に恵まれている人に聞いてもこういう結果です。
こういう人でも何となく話の端々から「専業主婦になっていいお母さんになる」という事に対する憧れみたいなものが滲んでました。
これは例えば東京大学の女子学生に聞いても「私は将来は専業主婦になりたいです」という人が多かったり。
日本特有の現象かなと思ってたら最近アメリカでもそういう人たちが居る。
これは確かに人によるとしか言いようが無く、だからみんな世の中に出れば輝いてるんだみたいな事は、実はこれは政府が女性を労働市場に引っ張り出そうという、また旧式のプロパガンダをもう一回やろうという話でしかないからあまり意味もないし、ましてや議員は労働者じゃないですから。
そこはまず大きく線を引きたい。
つまり我々一般で働く女性でさえもそうなのに、議員ですよ?
天下国家を論じる人が要するに「男だから、女だから」という事だけで枠があるというのはちょっとどうなのかな?
ただしかし矛盾するようだけど女性が1割以下というのはいかにも少ない。
だから女性が「よし、永田町に出ていって自分が思うような政策をやってみよう」という様な、もう少し魅力ある世界だと見せることが大事。
だから定員制を設ける事よりも蓮舫さん、あなたはもうちょっと党首討論で格好良く討論すべきなんですよ。
格好良くというのは芝居がかった事を言うんじゃなくて「本当に私こそが日本を考えている。天下国家を考えている」という人間だというのを見せれば世の女性もみんな奮い立って「よし、私も永田町に行こう」という風に能力ある女はみんな永田町を目指すようになりますよ。
だからこの人は考え方が違います。
何か要するに自分も含めて「女である=弱者である」みたいな。
蓮舫さんが弱者なわけないでしょ、どう考えたって。
こういう人が偽善的に弱者の振りをしてそれで「女の人たちには下駄を履かせなきゃいけないんだ」と思った瞬間に能力ある女は殆ど白けるんです。
そうじゃなくてやっぱり期待もされ能力も、或いは恵まれた環境も与えられて永田町に来た女性たちですよ、特に蓮舫さんなんかは。
まあ分かんない、下駄も履いてたかもしれないけど。

こういう人たちが本当にここで、男女じゃなく、でも男である総理を相手に「本当にこの人こそが国の事を深く考えているな」という風に、テレビで国会中継を見ているみんなに感銘を与えるような、そういうやりとりを見せてくれたら黙ってても女性は増えますから。
何かわけの分からない「私女ですから、私を大事にしてください」みたいな。
その代わりの行為みたいにしてこういう事を主張するのは、女性から逆に反発を招きやすいと思う。
ですから金スマという番組での旦那さんの扱いだとか、あれが世間的にウケる、プラスの意味になると思ってるんだとしたらその時点でおかしい。

この人こそが一番旦那に甘えてる。
夫に甘えてなかったらあんなことテレビで出来なくないですか?
要するに何となく男勝りな自分が旦那を尻に敷いてますよという事を自分のためにテレビでアピールしたいわけでしょ?
奥さんが強くてご主人を尻に敷いてる夫婦は世の中に沢山居ると思うんだけど、それが自然でもっと微笑ましいものだったらいいんだけどそうじゃないんですよ。
ただ寒い。
そういう寒い役割を演じてくれるご主人には頭が下がるけど、つまりその人に甘えてるんだね蓮舫さんが。
いやあ、良かったですね良いご主人と巡り合えて。
むしろ蓮舫さんは少しご主人から自立していかないと、逆に愛想尽かされるかもね。
関連書籍 蓮舫「二重国籍」のデタラメ
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