ロシアが68項目の協力要請、農業輸出や政治案件も

ロシアが68項目の協力要請、農業輸出や政治案件も
凄いですね。
例えばシベリア鉄道の北海道延伸。
ハッキリ言ってどうせ無理だろうというものも入れてる。
この人たちさあ、要するにウクライナを一方的に編入したにしても何にしても自国で開発する能力が無いって事でしょ?
このシベリアだってそうなんですよ。
だったら樺太もシベリアに還して日本に寄越せって。
それぐらいの交渉をした方がいいと思う。
つまり面倒見れないのにどんどんどんどん自分たちのテリトリーだけ拡張するというのは本当に、ある意味許しがたい事。
だけど残念ながら今の世界の情勢を見ると、プーチンさんのある種の外交力と言ったらいいのか何かよく分からないけど、つまりこういう自分たちの産業を立ち上げる、或いはインフラを整備する能力すら無いのに何故かどんどんロシアは勢力を拡大している。
中東にだってもう手を突っ込んでいる。
これを見ると日本外交は何かを学んでほしいと思うくらい。

さて、ロシアが色々言ってきてますけど一つポイントは農業輸出と言ってる事。
普通農業輸出と言ったら例えば「うちの国でこういうものが沢山採れてるから買ってください」というのが普通なんだけどそうじゃない。
農業をやるための色んな技術を寄越せと言ってる。
そして農業をやるための人材もロシアには居ない。
特に極東地域は中国や北朝鮮からどんどん人を入れている。
だから人は居ないわ技術は無いわなんだけど日本からそういう色んなノウハウを持ってきて「日本人、ちょっと掘り起こしてよ。働き手は中国、北朝鮮から連れてくるから」ってそれはどうなの?
だったら全部寄越しなさい、北方四島だけじゃなくて。
だからあんまり真面目に取り合う必要も無い。
無いんだけどただ安倍総理が少し前にロシアに対して「経済協力を積極的にやりますよ」という風に言ってるじゃないですか。
これは何故なのか?
例えばアメリカの識者達は前は「ロシアに近づくな」とずいぶん日本に言っていた。
やっぱりロシアと日本が独自に外交関係を深くするという事を好まなかった。
ところが今や「日本よロシアとやれ」と言ってる。

この前安倍総理がニューヨークに国連総会で行ったときにヒラリークリントンと会ってました。
ヒラリーさんは大統領になる気満々なんだけど、ヒラリーさんも日本側がロシアと色んな交渉をしていることについては理解を示している。
別にこの人に理解してもらおうが何しようが関係無いけど、でもなんでそういう風にアメリカからこういう声が上ってきているかというと、やっぱり対中国なんです。
中国が特に極東地域に対してものすごく影響力を増大させている。
これを止めなければいけない。
でロシアと中国との間というのがこのところずっといいんです。
中露間というのは要するに新たな領土問題の解決もしました。
そういう意味で中国とロシアがあまりにも緊密になり過ぎるという事を防ぐ。
「その間を裂くために日本が出て行け」と言うわけです。
アメリカはもうそういう余力も無いから。
ですから「経済援助はとにかくしろ」と。
で「極東に日本が影響力を及ぼせ」と言ってるんだけどそのついでで言ってる事は「まあ北方領土は諦めてもいいじゃないか。もう領土問題で拘るな、さっさと行け」と。
何勝手な事言ってんの?
やっぱり日本側としては領土をどうしても取り返さないといけない。
二島で決着するんじゃないかと言ってるけどとにかくどれだけかでも還してもらわなければならない。

皆さんディアナ号のエピソードをご存知でしょうか?
1854年にロシアの黒船が来ました。
それがディアナ号。
その提督がプチャーチンという人で、その前にペリーが浦賀に来てます。
で日本に圧力を掛けて開港を迫った。
「ロシアもそういう情勢を見て日本と通商条約を結んで開港してもらって日本との関係を作るべきじゃないか?」と進言したのがプチャーチン。
で自身が交渉役になり、ディアナ号に乗って下田沖に来た。
条約そのものは1854年なんですけど前の年に第一回交渉のために来て下田沖に停泊していた。
その時に大地震が来て津波が来て、そしてこの船が大破するんです。
その大破した船から乗組員をはじめ多くの人たちが放り出されるんですけど、それを全部助けて、そしてさらに下田というのは地図で見て頂ければわかるんですけど突端にありますから外洋に面してる。
ここで色んなことをするのは、要するに体勢を立て直すのにはちょっと相応しくないという事で駿河湾の奥までずっと入って行って西伊豆の一番根元の、今は沼津市に編入されましたけど戸田(へだ)という地区に来るんです。
で、ここにすべての人たちが逗留して、そしてここでロシアの人たちが帰るための船を作って差し上げるわけです。
この時に日本で史上初めて西洋式の帆船をあの方田舎が作るという偉業を成し遂げる。
この時の地域の代官が江川太郎左衛門。
江川家というのは平安時代からずっと続いてるので江川太郎左衛門という人は沢山居るんだけど、その時の代官は翌々年に亡くなるんですが30何代目かの太郎左衛門。
この人は、つい近年世界遺産になった韮山の反射炉(金属融解炉の一種)を作った人でもある。
それから東京で言うとお台場に砲台を作った。
これは要するに列強からの砲艦外交を受けざるを得なかった日本が、あそこに砲台を作って迎え撃とうとしたという非常に国際感覚と今で言うと抑止という様な事にも優れた人だった。
その人が伊豆半島のあそこら辺の代官だった。
この江川太郎左衛門が江戸と掛け合って優れた船大工も全部、田舎まで派遣してもらってそれで船を作る。
その時にプチャーチンも大変優れた人だったのでロシア側も凄く協力をする。
で日本側の船大工や様々な人たちと協力する事によって船を見事に仕上げるという美談がある。
ただこの時の情勢で言うとロシアは、プチャーチンが好人物だったという事もあるけどアメリカの様な軍事力があるわけじゃないから本当の意味での砲艦外交を日本を動かしてやるということは出来なかったので逆に災い転じて福となすで、大災害で大変なピンチに陥るんですけどここで日本の住民と協力して大事業を成し遂げたというのはロシア側にとってすごく良かった。
それによって日露和親条約が翌年に締結されるという運びになる。
その当事者だったのがプチャーチンという人。
このプチャーチンという名前やディアナ号という名前は伊豆の戸田地区で育った人間は全員知ってます。
小さい時から郷土の歴史で刷り込まれているので。
で70年代の米ソ冷戦時代からソ連大使館の子供たちも一緒になってよく戸田に遊びに来ていた。

この時の日露和親条約によって北方四島は日本の領土という事が確定された。
ですからこの時の歴史、史実。
今のロシア大使館の人たちもこの戸田に来たディアナ号、そして新しくできた船の名前には戸田号という名前を付けたんだけどそれでロシアに帰ったんですから。
そういう史実についてはよく知ってると思う。
日本側の官邸は知らなくても知ってると思いますよ。
ですから是非プーチン大統領には12月中旬に首相の故郷である山口で首脳会談をやる途中に、東京から山口に向かう途中に是非伊豆に降り立っていただきたい。

江川太郎左衛門とプチャーチンの協力、そして住民たち総出での協力で過去にこういう物語があった。
その時に領土も確定されている。
こういう史実に是非想いを馳せて頂きたい。
昼食は戸田で取って頂きたいし、むしろ伊豆で温泉に入ってほしい。
二人で温泉に入るとか色々あるでしょ?

ディアナ号の様々な史実に関しての展示をしている郷土資料館というのがあります。
その資料館の前に広場もあります。
そこは毎年お祭りになるとステージが作られたりしてよく歌手が来て歌を歌ってた。
そこに特設会場を作ればいい。
二カ月あったらできますから。
やってください。
で沼津市長とか地元の議員たち、あの地域は民進党の議員なんだけど、まあそれでもちょっと首相官邸に働きかけてください。
「是非寄ってください」と。
場合によっては下田の方から、水陸両用飛行機とか自衛隊は持ってるでしょ?素晴らしいやつを。
ああいうもので入ってきてもらえば物凄く盛り上がりますよ。
なにやってんの?沼津市長も静岡県知事も。
関連書籍 駿河湾に沈んだディアナ号
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