イタリア中部地震、地震学者ら7人に禁固6年

イタリア中部地震、地震学者ら7人に禁固6年
これは控訴審で一部減刑されていますがそれについては今論じません。
ここで僕が言いたいのは最終結果じゃなくて、地震学者が地震の予知に失敗すると裁判で禁固刑を受ける事があるという事。
これは何故かというと学者が学会で発表する分には別に構いません。
このニュースについて東大の先生が「これは学問の自由に係わる」って別に全然関係しません。
学問の自由というのは内的、精神的自由ですから実行的な事をすればもちろんダメです。
学問で人の生活の方へ入って行ってはダメ。
ですから気象学者や地震学者がよく考えなきゃいけないのは、地震学や気象学で「どこに何が来る」といくら言っても構いません。
だけどそれは自分たちのグループ、つまり学会などに留める。
その代わり研究の発表の場では本当に自由に発言する。
但し世間に向かって発言するときには考えないといけません。
というのはちょっと威張りたくなっちゃうんですよ。
「俺は分かってる」という風になって言いたくなっちゃうんだけどそういう場では「自分は学者だから言えません」とか「ここで言った事の責任は取ります」と言ってくれないと被害を受けた人が堪らないんですよ。

御嶽山の地震の時、「火口付近を安心して歩けます」という立札を火山学者が立てたんだから被害が出たら禁固6年ですよ。
それは仕方ありません。
人に影響を及ぼす事を言って相手が被害を受けたらそれは責任があります。
人に対して責任を負いたくなかったらネットなんかに公開しないで、酒を飲んでる時に友達に話せばいいんですよ。
それだと責任は問われないんですが、ネットやテレビや公的なもので言った場合は、自分の言った事に対して当然責任を取らなきゃいけない。
ですから地震学者、気象学者、台風学者はそれをよく考えて発言しなきゃいけない。
そのために気象庁があります。
気象庁というのはそのリスクを背負って天気予報を出してる。
これには間違いがあっても仕方ありません。
というのはこれは職務上委託されてやってる場合だから。
ですけどそこに学者が行って発言したら、やっぱり学者は禁固刑になります。
少なくとも起訴されます。
だから上訴審まで争って無罪になることもあるけど、無罪になったから無罪だというんじゃなくて社会の原則では責任が生じます。
他人に対して影響あることを自分の専門性から言えば、必ず責任は取らなきゃいけない。
当たり前です。
それをしないと社会は無茶苦茶になります。
関連書籍 日本人は知らない「地震予知」の正体
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