体操男子団体が金メダル、柔道大野も金

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僕の持論なんですが、オリンピックで柔道はもう参加しなかったらいいのに。
講道館柔道というのがあります。
講道館柔道も手放しで認めているわけじゃないんですけど一応日本の柔道です。
ところがこの講道館の柔道が世界で通用しない。
講道館の柔道はとにかく一本を取る柔道。
これに拘ってやっている。
ところが世界はとにかくポイントを取る。
有効取ったらあとは逃げ回る。
指導取られても一回なら大丈夫とか言ってポイント取ったらあとはとにかく逃げ回ってセコイ柔道をやる。
技の掛け逃げとかそんな事ばっかりやって綺麗に一本を取るという事はやらない。
ところが日本の講道館はそれに対応した柔道はやらないので世界大会の柔道では負ける。
それに対して、じゃあ日本の柔道を世界に合わせようかという事で妥協的な事を今やってるんですが、結局メダルが取れない状態が何回か続いた。
だからもう辞めればいいんですよ。
「オリンピックの柔道と日本の柔道は違うんだ、うちは講道館の柔道だ、だから世界の柔道家も本当の柔道をやりたかったら日本に来て講道館の柔道をやって講道館の大会に出ろ。うちの大会はポイントも指導も無いんだ、とにかく一本を取る柔道が講道館の柔道だ」ってやればいいんですよ。

柔道の試合見てても面白くないでしょ?
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのかという本を読むと戦前の高専柔道の頃なんかは非常に技のバリエーションも多かったり実践的にもかなり強かった。
高専柔道はとにかく一本を取る柔道ですごく恐ろしい柔道だった。

世界の柔道見てるとだらしない。
すぐ帯が取れる。
それで今はそんな事無いんだけど前は柔道着も狡かった。
袖を掴めないように絞ってあった。
更に生地がやたら厚くて、引っ張ったらすぐ帯が抜けるように緩くしてた。
そんな汚い事ばっかりして、もう辞めろやと思いますよね。

戦前すごく有名な柔道家がブラジルに行って柔道を広めた。
そして戦後は木村政彦さんがブラジルに渡って今のマラカナンスタジアムでブラジル柔道界最強の男と言われたエリオグレイシー、このエリオグレイシーが凄く強くて最初日本のかなり強い柔道家がエリオグレイシーと戦ったときにエリオグレイシーに失神させられた。
絞め技で失神させられた。
映像も残ってます。
そしたらエリオは「次は木村を倒す」と言った。
木村はあまり試合をする気は無かったんですけど、加藤さんという方がやられたので自分が出なきゃしょうがないだろとなった。
で、その時に木村さんはエリオに手紙を渡している。
「明日あなたと試合をする。しかし私は人を殺したくないし、人を障害者にもしたくないんだ。だからもしこの試合負けだなと思ったら参ったしてくれ」と書いた。
そしたらエリオグレイシーは「俺を侮辱したな、許さん」と怒った。
このグレイシー一族というのは絶対に参ったしない一族なんですよ。
どんな事があっても参ったしない。
そしてこの二人が試合しました。
映像でも残ってるんですけど、木村に子ども扱いされてるんですよ。
大外刈りでコーン、コーンと何度もひっくり返されて、それでも参ったしない。
しょうがないから第二ラウンドで木村は大外刈りをしてそのまま寝技に持ち込んで得意の腕絡みでその腕をぎゅっと捻った。
その前の第一ラウンドでヘッドロックを決めてたんですがその時にエリオの耳から血が噴き出してるんですね。
その時に「これはダメだ」という事でわざと緩めて離してるんですよ。
そして第二ラウンドで腕を取って「エリオ、参ったしろ」と言ってもエリオは参ったしない。
だから木村は審判に「もう勝負は決まってるからストップすべきだ」と言ったんですが審判は「参ったしてないのにストップできない」と言った。
だから仕方なしに木村はエリオの腕を折った。
でもエリオは腕を折られても参ったしなかった。
ですから木村はのちに「あの試合は私が勝ったけれど、勝負には負けたな、あれほどの執念は無い。腕を折られても参ったしなかった、あれは凄い」と言ってる。
この事実は半世紀以上誰も知らなかった。
実は1990年代にアメリカで世界初めて総合格闘技、ボクシングも空手もマーシャルアーツもキックボクシングも、すべての格闘技で一番強いのはなんだ?
という事で世界中から注目された大きな大会が行われた。
この時なんと一回戦からホイスグレイシーという男が片っ端から、ボクサー、レスラー、キックボクサー全てを絞め技で倒してしまう。
そしてついに彼は優勝する。
その時に彼は「我々一族にとって神のような男とは木村です」と言った。
すると世界はびっくりした。
「木村ってなに?」。
日本人記者も「木村ってなに?えっ?もしかして力道山にやられた木村政彦か?」、で調べてみるとそうだった。
だから無敵の男エリオの腕を折った男という事で木村というのはグレイシー一族にとって神のような存在だった。
キムラという名前の技まであります。
腕絡みで相手の腕を折ってしまう技、これは総合格闘技の世界ではキムラ、或いはキムラロックと言われてます。

木村さんはのちに40半ばを過ぎて拓殖大学の柔道のコーチになります。
その時にカナダから来た重量級の選手、この人はのちの東京オリンピックで銀メダルを取るんですがこの人がこんな事を言ってます。
「とにかく木村先生と寝技で練習すると私は赤ちゃんになります。もうなんにも出来ません」と。
オリンピックの重量級で銀メダルを取った男が、40過ぎの木村政彦と寝技の練習をしたらなんにも出来なかった。
あの時実はオリンピックの無差別級でヘーシンクに負けたんですが、神永を出しても猪熊を出しても恐らくヘーシンクには勝てなかっただろうと言われていました。
日本柔道界は頭を抱えた。
無差別級で勝たないと柔道世界ナンバー1とは言えない。
ところが無差別級ではヘーシンクにどうしても勝てない。
じゃあどうすればいいとさんざん悩んだ。
二人のどちらを出せば勝てるのか?
最後にはどちらを出してもヘーシンクには勝てないなという事になったんですが、実はこんな意見がありました。
「こうなったら木村を出すしかないかな?」。
でもその時もう40半ばですよ?
でも今も言われてるのはあの時木村を出していたらヘーシンクに勝ったと言われてるんです。
恐らく腕絡みでヘーシンクの腕を極めたんじゃないかと言われてます。

そういう話を聞くと大野選手の金メダルはやっぱりうれしいですよね。
相手がどれだけ卑怯であっても、向こうはポイントだけ取る柔道をやりながら、でもこちらは一本を取る。
そして一本取ったんですから。
立派です。
関連書籍 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
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