総裁任期延長を容認、自民党・二階幹事長

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第一次安倍政権というものがあって実際は結構成果があった、客観的に言って。
例えば憲法改正について憲法第96条で国民投票と明記されてるのに国民投票をどうやってやるのかという法律が一切無かった。
それもあって憲法論議が具体化しなかったんですけど第一次安倍政権で国民投票法を成立させたり、或いは日本が戦争に負けてアメリカから「こういう風に子供を教育しなさい」と押し付けられてそれが教育基本法という形になってるんだけど一度も改正されてなかった。
アメリカの連合軍を中心とした占領が1952年4月28日を持って終わってるのにその後もずっと変わらない教育のまま、例えば南京もそうだし慰安婦もそうだったり、結びついてしまってる。
その教育基本法の改正を初めて第一次安倍政権でやって、他にも海洋基本法の成立とか防衛庁を防衛省にしたりという様な成果はあったんですけどしかしたった一年で非常に無残な辞め方をして、正直国民の印象としては辞めた時の裏切られたという思いがずっと残ってる部分もあってそれは安倍総理の責任です。
但し潰瘍性大腸炎という病気だけで辞めたんじゃないです。
潰瘍性大腸炎という病気と一人の人間安倍晋三との戦いというのは実は大人になる前からだと僕は理解してますから、むしろあの病気との戦いが無かったら拉致事件に関心持つはず無いんですよ。
だってお坊ちゃまじゃないですか。
それが自分の病気と向かい合う事によって人の痛みが分かるようになったと僕は理解してますけどいずれにしても子供の時から戦ってきた病気なのに総理大臣を止める時にその病気の話だけをしなきゃいけないというのは本当に追い込まれた理由が他にあったという事であってそれは自民党の闇の部分なんだけど安倍さんはそれに負けたので責任はいずれにしても安倍さんにあった。

安倍さんが辞めた後ご自分でラジオ番組で言ってるんですけど「傷心の日々の中、人に勧められて中央線に乗って高尾山にハイキングに行った」と。
で、その電車に乗ってる時から市民の人たちが励ましてくれた。
「だからもう一度考えようかと思ったんですよ」という話をされてました。
なんでこの話をしたかというと野党時代に安倍晋三という政治家が取り組まれたことが二つあって、一つはなぜ自分は第一次安倍政権で様々な成果はあったけどそれを前に進める前に、例えば教育基本法の改正はしたけど、じゃあそのあと子供達への歴史教育とか変わりましたか?
殆ど見るべき変化は無くて、取っ掛かりは作ったけどそのあと進めることが出来なかった。
自分はハッキリ言って自民党の中の旧勢力に負けた。
何故負けたのかという事をとことんまで、自分の心の奥まで踏み込んで自分で考えるという事が一つと、もう一つが政策の根幹からの勉強のし直しです。
その中の一つは経済。
もう一つは安全保障プラス外交。
だから金融経済と防衛。
その防衛の中には日本の政治家としては珍しく軍事的な具体的な事まで、諸外国の首脳だと必ず持ってる最低限の軍事的知識も含めて、当事者からのヒアリングも含めて、あえて言うと自民党の多くの政治家が与党でなくなったことでうろたえていた中でそういう努力をしていた。
その後、自民党の中に「安倍は復活させない」という動きもある中、いわばそれを覆したというよりは間隙を縫うようにサアーーっと出てきて再登板を果たした。
でそのあと組閣人事があってこうやって改造を繰り返してきたんだけど、びっくりするぐらい強かな人事をするようになった。
そして恐ろしい人事でもあって、例えばオリンピック担当大臣で遠藤さんという地味な人を安倍さんが選んで、それを遠藤さんは大過なくやった。
で今回これだけ留任が多いんだから本人も明らかに待っていた。
例えば麻生さんの様に財務大臣と政権の重鎮を兼ねてる人や、防衛で言うと中谷さんは一度留任してるからという事もあって云々。
でもオリンピックも重大事だから留任だろうと思ってたのをパーンとひっくり返して丸川さんに変えた。
敢えて小池都知事にぶつけた。
丸川さんは都知事選の最中に小池さんの大批判をしてるわけだから。
普通はぶつけるわけないけどここを敢えてぶつけてくる。
そしていわばお互いに花を持たせる。
都知事も女性は初めてだし、日本のオリンピックの顔が女性になるという事で諸外国に対する印象が全然違う。

追加種目という新しい明るいニュースがあってしかも日本が得意な種目が多い。
この明るいニュースと丸川さんのイメージをうまく重ね合わせるというそういう強かな人事をしてるんですけど、その強かさを上回ろうとしてるのが二階さん。
次回に続きます。
関連書籍 潰瘍性大腸炎は自分で治せる (難病を制覇した医師と患者103人の記録)
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