文春記事「心ない誹謗中傷」と鳥越氏

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この文春の記事をお読みになった方も結構いらっしゃると思いますからお分かりになる方も居ると思うんですがこれは10数年ほど前の話です。
このネタは割合業界内では知ってる人の多かったネタなんですね。
「心ない誹謗中傷」と鳥越さんが言ってますけどこれは「被害者である」と言っている人が居るわけで、ですからほんとに単なる心ない誹謗中傷であればそれは事実ではないという事を反証しないといけませんよね。

人間というのは長く生きてれば誰でもそれなりにすねに傷はあるでしょ。
色んなキャリアを持って選挙に出ましょうという方であれば尚更です。
もちろん人間には功罪がある。
で、その自分の過去についてその人がどう向き合うのかがむしろ問われると思う。
というのは過去にこういう事で失敗がありました。
と言っても公民権停止になってない限りは選挙には出られるんですよ。
極端な話前科があったっていい。
ですからその事が、過去にこういう事があったという事までをただただほじくり返すというその種のジャーナリズムというものには僕はあまり与したくない。
ただそれが明らかになった時どのようにその事に対してその人が向き合うかという事が相当有権者としては見た方がいいでしょう。

青山繁晴さんのケースと両方を比べると青山さんの場合はいまさらそれを問題にしても何の意味も無いでしょ?って事柄だったんだけどご自身が法的手段や街頭演説やなんかも含めて「これは違うんだ」という事をバンバン言ってました。
元々青山さんは言論人でもあるから、あるべき姿だと思います。
だって自分に向けられてる事なわけですから直接。
ところが鳥越さんに関して言うとほとんど一切「私は自分の口からは話さない」と言ってる。
つまり「法的代理人を立てたんだからその人を全て通すんだ」と、これはちょっといかがなものかと思います。
事柄の質が青山さんと全然違うから相手も会って話をし辛い部分があるかもしれないけど鳥越さんは今までそういう事で他の人を追及してきた立場ですよ。
そしていわゆる日本の言論シーンで大活躍してきた人じゃないですか?
やっぱりご自分の言葉でこの事について語るべきです。

鳥越さんは放送法遵守を求める視聴者の会の例えば公開討論要求だったり「私たちは怒ってます」という垂れ幕を掲げたりというのを自分からはやりますけど「じゃあ討論しましょう」という場からは逃げますよね。
そこでこそお話されないとダメでしょう。
言うべき時に居ない。
政治家でもそういう人が居て、肝心な時に居ない人はやっぱり信用されません。
だからその典型みたいな感じ。

27~28年前に宇野総理に女性問題が浮上しましたがあの時に一番最初に追及したのが鳥越さんです。
あのころまでは政治家が女性とそういう付き合いがあるというのは割合古今東西ある話で今だってありますよ。
だけどそれは問題にしないという一種の不文律があった。
何故ならプライベートな事であって仕事上の事と関係無いというのが一つともう一つは特に男女関係みたいな事というのは言ったもん勝ちになってしまうから。
だからそれを防ぐためにもこういう事はあまり追及しないという不文律を破ってそれで追い込んだ。
それがご自分に返ってきたという事なのでそういうところも含めてお話をされるべき。
それによってむしろこういう問題が必ずしもすべて選挙に不利に働くという時代でもなくなってるような気がするんですね。
だからそれこそ鳥越さんの言葉の力が試されてるんだけどやっぱり言い辛いのかなあと勘繰らざるを得ません。
ですから過去の事を何もかもほじくり返して「この人はこんな」という事を良い事とは言いません。
けれど結局そういう事をほじくりだされるというのが政治家になるという事なんだろうしその事に対してどう向き合うかという事で大分その人が見えるというところはありますよね。

それと今回の問題がきついのはただの女性問題ではないという事。
例えば鳥越さんに愛人が居ましたという話だとちょっと受け止め方が違うんですよ。
ある選挙のプロが言ってましたが鳥越俊太郎というキャラクターを見ればもしあの人が不倫をしてましたと言ってもそれには実はあまり意外性が無いかもしれない。
元々一時は主婦キラーなんて言われた人だから。
だからそういう意味ではあまりダメージが無かったかもしれないけどちょっと今回は違います。
お相手の方の意志をどうやら無視した行動に出られたようだという疑いなのでそれはちょっとやっぱりダメージが大きい。
例えば他に女性問題を報道された政治家って居ますよね?
だけど必ずしもそれが選挙に響いてないという政治家も多いんですよ最近は。
ですけど鳥越さんの場合はちょっと内容の質があまりよくない事と、この報道が出る以前の鳥越さんの出馬表明をしてからの色んな発信されてくる言葉に有権者や全国の人が「いや、ほんとに都知事やる気あるんですか?」みたいに受け止めていたところにこの問題ですから。
こういう時こそご自身の明確かつ力強い言葉で徹底的に反論されないとご自身のためにもならない。
だけどその点青山さんは徹頭徹尾凄かった。
ですから大きなお世話かもしれませんけど鳥越さんは弁護団だけに任せっぱなしじゃない方がいい。

で不思議なんだけど鳥越さんのスタイルは反権力だったわけでしょ?
その反権力で言葉で戦ってきた人が自分の言葉を封印してしまって司法という一つの権力によって自分を何とかしてもらおうというのはちょっと違うと思います。
言論人たるもの自分に何かそういう言葉が向けられた時は言論で戦うべきじゃないですか?
法的手段に訴えるというのは自分が言論人であるという事を言ってみれば放棄したに等しいです。
今回の場合は相手方もいらっしゃることだからもちろん司法の場で白黒はっきりさせることの意義もあるでしょう。
しかし鳥越さんは自分の言葉でこの事を語るべきです。
関連書籍 異見(あまのじゃく)―鳥越俊太郎のジャーナリズム日誌
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