政府、中国に「深刻懸念」米国と警戒強化、尖閣諸島

政府、中国に「深刻懸念」米国と警戒強化、尖閣諸島
ロシアについては最初から中国と共謀しようという事ではなかったと思います。
というのは訓練をやって帰る途中だった。
これだって大体どこをいつ頃通るかという予定は分かっていても、どうしても状況によって変わったりします。
だからいよいよ通るよという事が分かった時に中国から何らかの誘いかけがあった可能性は確かにゼロではない。
でも通り道だった。
「どうも追尾した可能性がある」と中国側が言ってる。
どういう事かというと自分たちの接続水域に近いところをロシアの軍艦が通った。
これに対してつまり「海の上で実行支配をしてるよ」という事を示すために追尾行動をしたという情報もある。

あるご家庭で奥様が癌になってというニュースも大変ですよ。
だけどこっちの方が日本の大問題じゃないですか?
某局のラジオ番組でもトップニュースはアメリカの大統領選挙。
どっちが大事だと思ってるの?
こういう状況ですから皆さんに是非思い出して頂こうと思いまして、今回いよいよ尖閣諸島に軍艦が来てしまったという所に至るまでの経緯を振り返ろうと思います。
恐らく皆さんもうお忘れでしょう。
中国の公船、政府の船が尖閣諸島の沖に始めて来たのはいつでしたか?
2008年なんですよ。
2008年の12月。
それまでは一体どういう事だったかというと漁船は来ていました。
公海上というのは全然問題が無いし、例えば尖閣諸島に近いところだって別に無害通航をしてる分には問題は無いんですよ。
ただもっとずーっと遡ると1978年に日本と中国が日中平和友好条約というのを結びました。
その締結のために当時の鄧小平という中国の最高実力者が日本に来た。
その時に日本側で大歓迎をしました。
一種の鄧小平ブームが起きた。
この鄧小平ブームだった時に何が同時に起きていたかというとその前に中国は漁船と称する船を100隻尖閣沖にダッと集めた。
で日本側に圧力を掛けた。

丁度2014年に小笠原沖に200隻来たでしょ?
あれと同じことが40年くらい前に起きてたわけですよ。
中国というのはよくそういう事やるんだけど平和的に何か条約を結ぼうだとか言ってる時に必ずそういう荒っぽい行動を取って圧力を掛ける。
やり方がなんとか組みたい。
だから「仲良くしようぜ」と言いながら怖いお兄さんを後ろにズラっと揃えてるみたいな感じの事をやるんですよ。

当時日本は福田康夫のお父さんが総理だった。
この時に成すすべなく、100隻の船に恐れをなして何も出来なかった。
それは漁船だったんですよ。
中国の場合始まりはいつも漁船なんです。
その漁船がダッと来た時から時は経ちましたけど2008年に、しかも息子の福田康夫が総理だった時で、この2008年がどういう年だったかというと北京オリンピックの年だった。
2008年の5月、当時の胡錦濤が日本に来たんだけどこの年は3月くらいから世界中でフリーチベット、北京オリンピックに向けて聖火リレーをやろう。
世界中を聖火リレーが回る。
その時にチベットの問題を何とかしろという事で世界中の人たちが街頭に出てフリーチベットのデモをやった。
日本でもチベット問題が初めてお茶の間にニュースで流れた。
それはそれに先立って中国がチベットを大分弾圧したからなんですね。
それに対して世界中で抗議運動が起こった。
日本でもすごい講義が起きている最中に胡錦濤が来たんですよ。
そういう中でありながら日本はこの時に一言の嫌味も福田さんは言わないまま「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」というのに署名した。
例によって「日中は最も重要な二国間関係であり」みたいな、で「アジア太平洋地域及び世界の平和と安定と発展に対し大きな影響力を有し」みたいな、こういう認識で一致したと言ってる。
でもその7カ月後、12月8日、これ真珠湾攻撃の日でしょ?
中国というのは必ずこういう日を狙ってくる。
この日に中国公船二隻が尖閣諸島周辺の日本の領海内に初めて侵入した。
ここから始まってるんです。
この時に外務省や他の海上保安庁のホームページにも出てるんだけど要するにこの時に初めて我が国の主権を侵害する明確な意図を持って航行し、つまり実力によって現状変更を試みるという従来に見られなかった中国の新たな姿勢が明らかになったって日本政府は言ってるんですよ。
何してたんですかそれから今日まで。
次回に続きます。
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