舛添氏、ネコババ疑惑。新党改革の政党交付金part2

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もう一つの問題は政党交付金そのものです。
これが出来た経緯というのは90年代に政治とカネの問題がずいぶん言われた。
で選挙制度が変わり小選挙区になっていく中で同じようにお金に関することも変わっていく。
この時にそれこそマスメディアが何をキャンペーンしたかというと政党交付金というつまり税金で政党を助成するという事をすれば今までのような、つまり賄賂的なお金を企業や団体から貰わなくて済むじゃないか?
政治がクリーンなるじゃないか?ってずいぶんキャンペーンした。

僕は政党交付金という存在そのものがむしろ今の政治そのものをちょっと歪めつつあると思っててあまりこれに賛成じゃない。
政党交付金をゼロでいいとは言いません。
例えば先進諸外国を見ても政党交付金的なものはあります。
だけど今やもう日本の政治シーンにおいてはこの政党交付金というのが莫大な財源になってる。
しかも選挙制度が今の小選挙区比例代表、これの勝ち方みたいなものを心得てしまうとそれによって議席をバッと多く取ったならば物凄い資金がその政党に集まるんですよ。
ここからさらに何が起きるかというと政党が色んな形で宣伝費を使うようになる。
そうすると例えばテレビCMだとか色んなものに還元されていく。
ですからメディアがかつて「政党交付金ウェルカムよ、これによって政治とカネの問題なくなりますよ、綺麗になりますよ」という風に随分言ったのは恐らくそういう宣伝費に使える潤沢な原資が確保できるという事ですよ。
もちろん色んな支持団体との関係というのはありますよ。
だけどそういう所から貰うお金というのはやっぱり不確実な財源じゃないですか。
政党交付金というのはもう議席数決まった段階で読めるお金ですから。
これは大変大きいんですよね。
そういうものがどんどんメディアに注ぎ込まれていって、でメディアが煽ることによって選挙の行方も決まっていく。
政治の情勢が決まっていくって事なんですね。
これが必ずしもいいかどうか?
もちろんメディアの果たす役割というのは非常に重要で、民主主義の社会においてはそれによってみんなに情報が伝わって有権者が判断するんだけどでもそこにお金というものが密接に絡んでる。
ですから政党交付金をもう一回見直す必要がある。

名古屋の河村市長が面白い事を言ってたんだけど「ラーメン屋は普通上手いラーメンを作らないと客が来なくなるじゃないか」と。
だけど政党交付金というのは選挙という一発勝負でだけ勝ってしまえば何年間にわたってお金が確保できる。
そうじゃなくて常にいい政策いい政治をやる事によって献金を貰うというのは別に悪い事じゃない。
だけどあたかもこれまでメディアの論調というのは企業や団体からの献金は悪であるかのように言ってきた。
でもそれはそうじゃない。
ですから政治とカネと俗に言われるスキャンダルだけじゃなくて政治と資金の問題。
今までの思い込みというのをちょっと横に置いて考え直す時に来てるんじゃないかな?

ですから舛添問題というのはあまりにもいじましい話の連続になっちゃったのでもう舛添そのものは進退をハッキリさせなきゃいけない状況になってると思うけどそれだけに終わらせないで、一体都知事というのはどういう存在なのか?
直接選挙による弊害というのはどういう事なのか?
東京都そのものは今のままの巨大な自治体でいいのか?
さらに言うと政治資金の問題、政党交付金の問題、様々な問題を根底から考え直すきっかけにすべきだという風に思います。
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