「土砂崩れ想定外」国の基準を満たさず指定を見送る

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専門家アホですね。
というのは地質なんか考慮したって土砂崩れってのはその地質の安息角で決まるんだから。
それを角度だけで指定を決めてた。
それはいくらなんでも酷い。

科学的、専門的な事の概念。
国民は分からないのでしたがっておけという方針を取る場合、つまり今度みたいに土砂崩れ指定地域というのを作った場合は事故が起これば規制した人の責任です。
だから国民に説明せずに「ここは土砂崩れ指定地域だ」と。
これは予算取りのためにやるんだけどそういう事やった場合は事故が起こったら、今度の場合の事だけどそりゃあ「指定しない所は安全です」と言うわけだから専門家の責任です。

「後部座席のベルトを着けさない」とタクシーの運転手が言う。
僕は運転手に「何故着けなきゃいけないんですか?事故率が違うんですか?」と聞く。
そしたらタクシーの運転手は僕になんて言うかというと「いや会社から言われてます」。
この関係の時には実施側に責任がある。
だけどその時に運転手が「これこれこうで事故率が下がりますからお客様お願いします」と言ったら今度は僕の責任になる。
日本の場合はいいとこ取りになる、警察とかそういうところの。
「お前ら知らなくていいからこれやれ」と言っといて事故が起こったら「俺知らないよ」と言う。
今度がそう。
地滑り指定地区を決めておいてそうじゃない所で地滑りが起こったら「そりゃあしょうがない想定外なんだから」という言い訳をする。
これが科学では一番いけないやり方。

もう一つは科学的に分かってない事を分かってるように言った場合。
事故が起きれば言った人の責任。
震度6弱の余震が来ると言ってる事もそうだけどやっぱりあくまでも同じ断層内で起きた場合と言わないとこれも言った人の責任になります。

定説になっていないものを教えた場合。
温暖化なんかがそうなんだけど学問の自由を失うわけで物事には決定者とそれを具体的にする人とそれを専門家が社会に言う人という風に分かれてる。
正義というものを社会で守らなきゃいけない。
そのために法学者が法律を作る。
裁判官が事件の処理をする。
この裁判官というのは絶対に法律で書いてあること以外の事を判決してはいけません。
パンを盗んだから死刑というのはダメ。
法律に書いてある通りにやる。
専門家というのは自分の判断を入れちゃいけない。
ですから命を守る医学の場合は医学者は例えば安楽死の研究をしてもいい。
これは学問の自由ですから。
医師は安楽死を施しちゃいけません。
安楽死が社会で認められて初めて患者さんに施すことが出来る。

知を研究するために科学者や哲学者が居る。
教師が生徒に教える。
教師は自分の意見言っちゃいけない。
ある大学の先生が「俺の研究は」なんてやってる。
先生それダメですよ。
先生が学生に教える時は自分の学説を教えるんじゃなくて定説を教える。
そうしないと学ぶ人は著しく学ぶ権利を制限される。
だから日本の科学者自体が教える時に全部自分の考えを教えちゃう。

節水する。
水を節約する。
水道の水量を節約する。
節約するのが適切じゃないというのが定説。
つまりじゃんじゃん使えという方が学問的定説。
常識は節約するというのが常識。
で常識と学問的定説が違うときは学者は定説はキチッと言わなきゃいけない。
定説というのは自説じゃない。
それが常識と外れてても定説を言う。

地震の場合。
地震は明らかに知です。
地震学者はいくら予知してもかまいません。
自由にやってください。
ところが地震をテレビで解説する人は分かった事しか言っちゃいけないし定説しか言っちゃいけない。
自説を発表するのは学会だけにしてください。
ところが最近マスコミが悪い事して学会の中に入ってきてそれを伝えちゃう。
伝えるのは良いんだけど伝える時にあたかも定説みたいにして伝えるので間違いが起きる。
ですから学問の自由を有する人は何やってもいい。
地震でも津波でも何でも研究していいけどそれは世間からちょっと下がる。
世間に出てくる人は「今のところ予知は出来ません」とちゃんと言わなきゃいけない。
関連書籍 日本人は知らない「地震予知」の正体
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