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反核

反核
反核運動は日本でも盛んだった時期もある。
80年代でもまだそういった学生運動の残滓みたいなものがあって、70年代のような激しいものじゃなくてバブルの入り口で学生たちも遊び呆けてましたからそういう政治意識は無かった。
だけどそういう活動拠点は残っててその人たちが言ってたのは「やっぱり核兵器はいけない」とか今で言う反原発、こういう反核運動があった。
これはもともとどういう風な形で主導されたかというと日本でもそうだしイギリスでも結構激しい反核運動が70年代に起こった。
これは旧ソ連やコミンテルンと言われる共産主義政党による国際組織、こういうところが種を蒔いて行って先進諸国において反核運動を盛り上げようという裏舞台があった。
そのソ連側の言い分として出てくるのが「日本という国は大変そういった反核運動が進めやすかった」。
それはどうしてかというと日本人って真面目だから種を蒔くとみんなそうなっちゃう。
みんなというかそういう風に一生懸命活動しちゃう。
そういう意味で非常に扱いやすい日本人。
そして洗脳しやすい日本人がこういった反核運動について非常に熱心に取り組んだ。
そういう流れで例えば福島瑞穂もそうなんじゃないですか?
東大時代から反核というTシャツ着て活動してた。
だから日本では政治の中枢にまでそういうかつての反核運動をすごくやっていた活動家のような人たちが入って行った。
数年前の民主党と社民党の連立政権の時には若い頃反核運動をやった福島さんや或いは菅直人は総理大臣までやってる。
こういう人たちが政権中枢に居ながら広島での今回のああいう事というのは実現しえなかった。
今回のケリー長官の献花というものは「第二次世界大戦をこれによって勝利し終わらせた、そして日本の国民をも救ったんだ」という彼らなりの戦勝国神話みたいなもの。
その中で一環して正当化してきた原爆投下というものが今回の献花で変容したと思う。
そういう意味で反核という70年代から今まで亡霊のように続いていたムーブメントにも少なからず影響を与えることになる。

で、この反核は大変おかしなところがある。
例えば広島はそういった反核運動の拠点になってきた。
つまり広島がそういった極左的イデオロギーを持った反核を標榜する活動家集団の牙城になってきた。
これは非常に望ましくない状況でした。
日本人として大変残念。
あれは世界の人たちに知ってもらうべき人類の悲劇的歴史の一つだし一般のアメリカ人にもあの悲劇を一緒に共有して行こうじゃないかという働きかけを日本がするべきじゃないか?
今回ようやくそういう風な変容がやや兆しとして見えたかなという意味で今回の事は評価できるところもある。

毎年夏に反核団体が主催するシンポジウムがある。
8月6日の前後に。
それは反核団体が主催するものだからその種のイデオロギー性というのは非常に強く帯びてはいる。
やるのはいいんです。
日本は自由な国なので。
そこにウイグル人の活動家、この人は元医者なんだけど彼は参加しようと思ってエントリーした。
インターネットでエントリーできることになってるからエントリーして最初は受け付けられた。
ところが数日経って「発表の内容を知らせてください」と言ってきて、彼は何を発表したかったかというと元々彼は中国の体制下でウイグル人としてエリート教育を受けた外科医だった。
外科医として色んな仕事をしていく中で中国が今の新疆ウイグル自治区で計46回の核実験をやってる。
これによる被害を受けた人というのが相当居てその問題を亡命後にヨーロッパを中心にして訴えてきた人です。
彼が実際に見た人たちで言うと非常に核実験の影響と思われる奇形であるとか色んな体の不調、或いはがんの発症、こういう問題について中国政府が全く保証もしていなければ何のケアもしていない。
つまりウイグル人の人権が著しく損なわれている。
特に46回の核実験というものは全く予告もされずしかも地表での核実験ですから。
これは人体への影響がある可能性の非常に高い物だったにもかかわらずあまり離れていない所で生活をしたり遊牧をしたりしている人たちには何のお知らせも無いから当然その影響を大きく受けただろうという事を訴えてきた人です。
彼はそういう事を訴えるためにこの広島のシンポジウムに参加しようとした。
「自分はこういう事を発表したいです」と言ったとたんに「あなたのエントリーは受け付けません」。
ですからかつて言われた「ソ連や中国の核は綺麗な核だ」というのがいまだに広島に残ってた。
そういうものが不思議な事にずーーっと日本で残ってきた。
かなりイギリスなんかでも反核運動は盛んだったと言われてる。
でもイギリスでそんな事を言う人はもう居ません。
「あなたみたいな人こそ広島でしゃべってくれ」と言うべきじゃないんですか?

核実験そのものは20数年に亘って行われて、最初に中国で核実験が行われたのは1964年です。
東京オリンピックにぶつけて。
こういう事が特に日本は被爆国だと言ってるにもかかわらず全く知らされないできた。
これは大変残念な事。
これも日中間で特に国交が出来てからのプロパガンダの悪影響です。
その中国の核実験を悪用した逆のプロパガンダだってある。
中国のやってる事はもちろん良くないんだけど当時は旧ソ連も核実験をしていたし当然アメリカだってやってた。
そういう時代の中での中国の核実験なんだけどそればっかりを非常に強調するようなプロパガンダも一方ではあるけど但し中国がそのような形で核実験をやり続けてきた。
それは地理的にも日本に非常に近いから日本にだって影響ゼロだったとは言えない。
そういう様な事なのにどうも中国の核という事に関しては一貫して日本においては国民が目を塞がされるような感じのプロパガンダが日中友好という中で行われてきたから多くの日本人が中国の核という事にあまりピンと来ない。

ここ何十年核抑止の事は言われてるけど核兵器そのものは使われていない。
だけどこの核を一つのテーマにした反核運動然りそして日本における訳の分からない事や或いは日本人が核というものからどうも目を塞ぎ特に中国の核は日本にとって直接の脅威であるにもかかわらず全く日本人がそういう事に敏感になれないという状況が作り出されてきたという点において、僕はここを強調したいんだけど核兵器より怖いのは情報戦ですよ。
このプロパガンダや情報戦宣伝戦の威力というのは凄いものがある。
日本人ほど科学的な事や情報を色々取ったり精査したりすることが国民レベルで好きな国民がなぜこれほどまでに簡単に陽動されてしまったり印象操作されてしまったりするのか?
その一番恐ろしい典型例を見るようなこの反核。

確かに広島をオバマの卒業論文に使ってくれるなというのはもちろん僕にもある。
だけどこれまでの日本側も含めた広島の悪利用、悪用。
この状況を少し崩していくためにも、そして広島で起きたことというのは日本人、世界の人たちにとっても重要な学びのテーマ。
そういうところを正常化していくという事が今こそ求められていると思う。
世界にとっても不幸なんですよ。
広島に行って原爆ドームにしても記念館にしても見ることは出来ます。
しかしそれ以外にこういった事が蔓延(はびこ)って、そして中国の核実験の被害について伝えたいと言ってる人を締め出すような、そんな場になってきたという事が大変残念です。

広島で反核を訴えている人の中には未だに直接原爆の被害に遭われた方もいらっしゃるわけで、そういう方たちのお気持ちは尊重したいと思うしそれはすべて否定するものじゃないです。
しかし残念ながらそこには特定の政治勢力が乗っかって今まで悪用してきたという残念な歴史がある。
これを日本人としては変えていく必要がある。

何しろ日本国内の国際的な知名度で言えば東京、京都に続くのは実は広島です。
大阪よりも名古屋よりも知られている。
それだけ世界から重く見られてきたんです。
だけどいざそこにアクセスしてみた所そんな事になっちゃうというのは大変残念な事。

世界も今変わりつつあって戦勝国も含んだG7の首脳たちがずらっとあそこで献花したという事は先の大戦というものを「まあ何とか一応乗り越えていこう」という思いがある。
だけどそういった政治的に美しいパフォーマンスの一方で中国の核という脅威は日本にとっては直接の脅威だし、北朝鮮の核の脅威は増大してます。
最早小型化に成功しつつあるわけだから日本にとって直接の脅威。
ミサイルに核弾頭積んで直接日本に撃ってくるという事だって段々可能になりつつある。
北朝鮮の核の脅威がこれ以上現実的なものになれば日本や韓国の核武装は当然流れとして出てくるでしょう。
こういう中で核無き世界を希求するという一つの政治的パフォーマンス、それはそれで置いといて日本はそれを使ってこの機会をとらえてうまく広島を正常化していくきっかけにする。
もう一方で現実の日本で向けられている隣国からの核の脅威に対してどういう風に対応するのかという事はドライにシビアに議論をすべき時だと思います。
関連書籍 核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉
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